radikoと千田正穂と冨所正一
~新潟ローカルな話~
ラジオのサイマル放送としてradikoが配信されているが、最近これを録音するツールがあることを知った。
十数年前からとあるFM番組を録音してクルマで聞いているのだが、クルマの再生機器の都合で、カセットテープに始まり、MDと変遷してきた。そのMDプレーヤー付きのクルマとの付き合いも10年を超え、そろそろ買い換えの話も出ているこの頃。買い換えたら、最近のクルマではiPodはじめとする音楽プレーヤーとの連携や、CDに焼いた音楽ファイルの再生が主体となるので、MDなどと言ってはいられない。となると、ラジオ放送をなんとかファイルに落とす必要があるわけで、放送を受信してファイルに落としてくれるラジオサーバーのようなものかな、などとぼんやり考えてはいた。
一方、radikoのサービスについては知っていたので、これを録音する方法があればと思っていたのだが、PCをいつも起動したままにしておくわけにも行かず、難しいだろうなと、こっちもぼんやりとそんなことを考えていた。
先日、その録音したメディアを貸し借りしていた人から、radikoを録音できるソフトが出ていて、しかもPCのスリープ状態からの自動起動も出来るらしいと言う話を聞いて試してみた。その名もradika。
スリープ状態の制御と言っても、いろいろなケースが考えられる。バックアップ電源を生かしてメモリを保持する、いわゆるスタンバイ状態や、HDDに一時的に作業状態を退避して電源を落とす休止状態などがあり、どこまで対応するのかなど謎は多かったが、とりあえずインストールして使ってみた。
いや、良く出来ている。休止状態からでもちゃんと目覚めて、録音が終わると元の休止状態に戻ってくれる。ノートPCのディスプレイを閉じた状態でも大丈夫なので、HDDのアクセスランプを見なければ、録音されていること自体気づかないほどだ。しかも、普通にPCを使うために自分でスリープ状態から起動させたときは、その間に録音が始まって終わるイベントが発生しても、それによって勝手にスリープ状態にならないような配慮もあって、なかなか良い。
これでAACファイルになるので、iPodに入れて持ち出すことが出来る。まぁ、しかし、MDプレーヤーが付いている今のクルマでは操作性も含めてMDの方が便利なので、近い将来の方法としてとっておくとして、それまで別のラジオ番組の録音にでも使ってみよう。
ところで、このradikaでは番組表が表示できるのだが、新聞のラテ欄では省略されているような細かい内容も表示されて、結構おもしろい。興味半分で普段見ることなど殆ど無いAM放送の番組表をつらつら眺めていたときに、懐かしい人の名前を見つけた。千田正穂。
文化放送の日曜昼に「千田正穂のありがとう!」と言う番組が放送されているようで、名前が番組名になっていなければ気づかなかったと思う。この人、NHK出身のフリーアナウンサーで、紅白歌合戦の司会をこなしたこともある切れ者(だと、初めて知った頃から思っていた)。
懐かしいと思うのはもちろん紅白ではない。紅白司会よりずっと前、1976年頃NHK新潟に赴任していたことがあり、NHK FMの新潟ローカルでリクエストアワーという番組を担当。当時の高校生たちは結構聴いてた人が多かった。私もその一人で、彼の名前をはじめとして当時の事は今でも覚えている。千田正穂氏はそれまでのNHKのアナウンサーとはひと味もふた味も違ったテイストで我々を惹きつけていたのだ。
高校に入って小さなステレオコンポを手に入れ、当然FMチューナーも付いていたのだが、専用HiFiチューナーをもってしても、当時まともに受信できたのは唯一NHK 新潟FMだけだった。普段は中央製作?の番組をネットして流しているのだが、リクエストアワーはローカル製作で、千田氏が担当だったのだ。
群馬県との県境に近いところに住んでいたので、アンテナを調節するとたまにFM東京(Tokyo FMの当時の名称)がひどい雑音に埋もれながら漏れ聞こえることがあった。そんな環境だったこともあってか、NHKとは明らかに違う民放FMのテイストにひたすらあこがれていたのだが、千田氏の放送はお堅いNHK FMの中にあって民放的とでも言うべきか、とにかく当時の高校生たちの心を掴んでいたのだと思う。
キャンディーズが全盛の時代で、リクエストアワーでは「キャンディーズをなめる会」なる、ふざけたネーミングのファンクラブもどきを千田氏の旗振りで勝手に結成したりしていたのを覚えている。正確には番組内でリスナーとの掛け合いから生まれたたジョークだったかも知れないが、それにしても他のNHK FMの番組では考えられないことで、今にして思えば当時そう言う放送を容認していたNHK新潟放送局は懐が深かったと言う事だったのだろうか。
懐かしくなって千田氏の名前で検索していたら、さらに懐かしい名前を発見。冨所正一。
当時リクエストアワーを聴いていた新潟の人なら絶対に覚えているはずの名前。夭折した地元のシンガーソングライター。もちろんメジャーで活躍したわけではないので、広くは知られていない筈だが、新潟弁丸出しのその独特な歌と、謎の死を遂げたこと、そして彼に注目して公開放送などでもライブの機会を与えていた千田氏がその死を知って発した言葉など、70年代に新潟で青春時代を過ごした人にとっては忘れられない人であり、忘れられない事件だ。
中でも代表曲「おめぇまだ春らかや」は良く覚えている。検索したらYouTubeにアップされているようで、久しぶりに聴くことが出来た。終盤の歌詞、「おめぇまだ生きてたかや、人はへぇ、死んだてがんに。おめぇまだ生きてたかや、やっと秋になったもんな…」(*1)というくだりが、あまりにも強烈だ。
自殺だとされる彼の死の暗喩ともとれるような感じで、訃報をそのFMラジオで聞いたときは、みなそんなことを思ったのだった。しかし、人生の終焉がそんなに遠い未来ではなさそうだと何となく感じ始めたこの歳になって改めて聴いて思うのは、若くても年を重ねても、結局人は先を行く得体の知れない「何か」への焦りを抱え続けているものなのかも知れないと言うこと。行き着くところが死であったとしても…。当時彼が置かれていた境遇に対する痛烈な皮肉やアンチテーゼだとも思えるが、実はそう言うことを言い当てていたのかも知れない。
他にも「農業高校」「通信簿」など、懐かしい曲がいくつか上がっている。
そして、彼のことを調べたブログ記事(といっても、既に10年以上も前の記事だが)もあって、改めて当時の事を思い出せたりもした。このブログ主の方も同世代で、私よりずっと熱心にリクエストアワーを聴いていたようだ。
冨所氏の件も、千田氏のリクエストアワーがあってこその事だったと信じている。まさか、リクエストアワーで取り上げられて、新潟ローカルとは言え有名になったことが謎の死の遠因だとは思わないが、我々の記憶に刻まれる出来事になったのは間違いなく千田氏の番組が関係している。そう言う意味では千田氏が新潟に及ぼした影響は決して小さくはなかったのだ。
と言う事で、radikoから図らずも懐かしい記憶をたどることが出来た。千田氏も覚えているだろうか、70年代の新潟に自ら広げたさざ波のような出来事を。
(*1)新潟弁が分からない人に読んでいただいたときのために、一応標準語訳を書いておく。新潟人にしてみれば、対訳などなくてもニュアンスは分かるだろうと思えるのだが、東京人のウチの相棒にとっては殆ど意味不明なんだそうだ。とは言え、私の地元とは若干用法が違うかも知れないので、誤訳によって起こるかも知れない、いかなる不都合も担保できない…。
「おめぇまだ生きてたかや」→「あなたまだ生きてたんですか」
「人はへぇ死んだてがんに」→「人はもう死んだというのに」
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)















最近のコメント